『ピザは人気メニューがいっぱい!それぞれの発祥の地をご紹介!』

ピザはイタリア発祥の料理ですが、イタリアの中でも色々なメニューがあります。
さらに、その後アメリカに渡ったイタリアの人たちが広めた新しいメニューや、日本が独自で生み出したメニューなど、今では世界中でたくさんのピザが作られています。
ピザの生地もトッピングの具も焼き方も様々。
そこで、今私たちがよく目にするピザの発祥の地をご紹介しましょう。

現代風ピザの始まり

ピザといえば、ナポリ風のピザ、ミックスピザ、シカゴピザと定番のメニューがあります。
中でもナポリピザの「マリナーラ・ピザ」は、ピザの中でも古い歴史を持つピザです。
16世紀にスペイン人がヨーロッパにトマトを持ち込んだ時、船の中で料理人がオリーブオイルとトマトを煮込んで作ったマリナーラソースから始まる、という長い歴史があります。
ヨーロッパ全域にトマトの食文化が広がったのち、ナポリの漁師たちがパンにマリナーラソースとオリーブオイルのトッピングしたものをパン屋に注文したのが、マリナーラピザの始まりと言われています。
今でも、トマトソースを使ったマリナーラピザはピザの基本のトッピングで、チーズが苦手な人でも食べられるため日本でも多くのピザ専門店が取り扱っています。
特に土壌がやせている日本と違い、、、土壌の栄養成分が豊富なイタリアのトマトは味も栄養価も高く濃厚です。
薪窯ナポリピザフォンターナでは、濃厚なイタリア産のクラッシュトマトとホールトマトをブレンドしたマリナーラソースを使っています。
フォンターナでは、本場のマリナーラ・ピザを楽しむことができます。

定番の人気メニュー発祥の地ナポリ

パンにトマトをのせるだけというピザの原型のような食べ方は、18世紀まで続きます。
店で販売するという形になったのは、1738年にナポリノピッツエリア・アンティカ・ポルタルバが屋台が始まりで、その後ナポリの貧しい家庭で食べられる、食事の1つになります。
1800年代のピザはトマトソースにアンチョビ、ニンニク、オリーブオイルをトッピングしたマリナーラタイプのものでした。
その後、イタリア王妃マルゲリータの献上するために作られた、マリナーラにオレガノやチーズをのせた「マルゲリータ・ピザ」も広く食べられるようになっていきます。
さらに、漁師たちが雑魚や売れ残った魚介を乗せたペスカトーレ・ピザなども食べられるようになっていきます。
私たちが食べているピザの発祥は、まさにナポリということですね。
イタリアではピザの普及が全国に広がっていくと、ファッションの中心地ミラノでは、色々な具をトッピングしたミラノ風ピザというものが作られるようになります。
ファッションの街ミラノでは、漁師町ナポリとは時間の流れが違いました。
若く活気あるミラノでは、手早く作れて気軽に食べられるピザが求められます。
そのため、同じ量の小麦や水を使ってもより早く火が通るようにと生地を薄く伸ばしていった結果、ミラノピザは直径がナポリピザよりも5cm大きく、厚さは5㎜以下というものになりました。
アメリカでもニューヨークで食べられる薄いクリスピー生地のピザは、こちらの流れを受け継いでいるのかもしれませんね。

アメリカ風ピザ

19世紀後半になると、ヨーロッパから大勢の移民がアメリカに渡ります。
イタリアから持ち込まれたピザは、サンフランシスコ・シカゴ・ニューヨーク・フィラデルフィアを中心に広まっていきます。
第二次世界大戦の後に、イタリアに駐留していたアメリカ兵を中心にアメリカ全土に広がっていきます。
シカゴ風ピザはイタリアのピザと異なり独特で、分厚い壁のように作ったパン生地の中に、何層ものトマトソースとチーズをまるでホールケーキのように積み上げて焼き上げます。
食べ応えのあるシカゴ風のピザは、日本でも近年人気が上がってきています。
時間の流れが早いニューヨークでは、ミラノと同じ薄くて焼き時間が短く手軽に食べられるクリスピー生地のピザが好まれます。
アメリカ全土に広がったピザは手軽なデリバリーという新しい食文化を作り、日本はそれを受け入れたことで全国にピザを食べる習慣が広がります。

まとめ

世界中で食べられるピザの中に、和風ピザというものが加わっています。
ソースは醤油ベースでトッピングには餅や海苔、明太子という日本ならではの食文化です。
今、和食は世界遺産の1つになりました。
フォンターナでも、明太子や照り焼きチキンのピザメニューがあります。
これからは、日本で作られたものが新しく世界に広がっていく時代ですね。

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